当院は古くは青柳山清宝密院と号し、創立は詳ではない。古来より甲州裏街道の古道のかたわらに在る。元禄年間に権大僧都教宝法印が復興し中興の祖となった。幾度かの火災にかかり現在の本尊は、文政年間に成田山新勝寺の本尊を御丈四尺余りに刻み、馬の背に乗せて運び安置したものである。水の公園を眼下に臨み、古くより大柳不動尊として知られている。安置されている恵比寿尊は深川木場関係者に昔から信仰されていたもので当院に古くより伝わるものである。