この寺は永禄10年開創といわれ、再建延享元年とされている。開基は当時の領主、三田氏の家臣野口形部之亟源右ェ門で山門は安土桃山時代の形式をとり市の重文に指定され、その隣には市の古木と指定されている「しだれ梅」(俗称玉垣しだれ)がある。山門を入って左手に米俵をかついだ狸の石像があるが、その昔庫狸の天井に狸の屍があった。その周囲にはたくさんのお米と小さな福禄寿の御像が3躰あったので当時の和尚さんが鄭重にこの3躰(現在は1躰のみ)を祀り米俵をかついだ狸の石像を建立し供養されたという。